焼き鳥を食べながらの帰り道

先日、長女が習い事に行っている間に、次女を保育園に迎えに行った。

その帰り道、普段は次女が「みるとたべたくなるから、やきとりはみないんだよ」と言って通り過ぎる焼き鳥屋さんに寄り、ボローニャソーセージの焼き鳥(ってなんか変だけど、ソーセージを四角く切って串にさしてあるもの)を1本だけ買い、次女は大切そうにそれを食べながら家に帰った。

「今日はお姉ちゃんもいないし、特別だよ」と私が言うと、次女は満面の笑みで「おねえちゃんにはないしょにしよう。ソーセージおいしいなあ。おうちでたべるよりおいしいよ」と言っていた。

でも、その後結局、お姉ちゃんに喋ってしまった。次女ではなく、私が喋ってしまった。次女があまりに嬉しそうだったことを長女にも伝えたくなったのだ。

話を聞いた長女は、次女をひどく羨ましがった。当然だ。私も帰り道に焼き鳥食べたい。しょっちゅう言うようになってしまった。

根負けして、昨日は、長女にも次女にも1本ずつ焼き鳥を買ってやった。長女は大好きな鶏皮、次女は相変わらずのボローニャソーセージ。「買っていいけど、自分でほしいのをちゃんと言って、お金も払うんだよ」と言って100円ずつ渡すと、ちゃんとふたりとも、自分のほしい種類を言って、タレをつけてほしいことも伝えて、お金を払っていた。

帰り道、長女も次女も、大切そうに一口ずつ、焼き鳥を食べていた。「(串から焼き鳥を食べるときは)とまってたべてもいいんだよ」と、買い食いのセンパイである次女が自慢げに言う。そんなのわかってるよーと適当に頷きながら、「これ、家で食べるのより皮がプルプルしてるよ、おいしいねぇ」と長女がとても嬉しそうにしている。普段人一倍テンションが低い彼女にしては、特別嬉しそうな様子に、私まで嬉しくなった。100円の焼き鳥は、帰り道の姉妹にとって、どんなに高級な料理よりもおいしいごちそうなんだろうな、と思った。

もちろん、ランドセルを背負ったり保育園の通園カバンを肩に掛けたりしながら買い食いをするのは、絶対に誉められたことではない。親なら、買い食いはダメなんだよと教えるべきだともわかっている。

でも、子どもたちのこんなに嬉しそうな顔を見れるなら、たまにならいいのかなって、思ってしまった。

それほどに、姉妹にではなく、母である私にしあわせな時間をくれた「焼き鳥の買い食い」。

たぶん、毎日ちょっとした努力や工夫で出会えるであろう、しあわせな時間。イライラして出会えなかったり、本当は出会っているのに気づけなかったりする日が多いなか、昨日はしっかりつかまえることができて、良かった。