図書館でジェンダーをおもう

最近、長女は週末に図書館へ行くのを楽しみにしています。

近所の図書館で小一時間本を読んで、そのあと数冊借りてくるのが、なんとも楽しいらしいのです。

私はその間に図書館のすぐ近くにあるイオンリカーに行って、お酒を物色したり、珍しい調味料を見たりして楽しんでいます。

私も、図書館好きですけどね。図書館とか本屋さんとか、本がたくさん並んでいる場所独特の匂いが好きです。なんだか落ち着く匂い、そしてトイレに行きたくなる匂い。

イオンリカーでひとしきり買い物をして、それでもまだ長女が本に夢中なときは、私も図書館で読みたい本を探します。

小説も好きだけど、今はあまり読みたくないなあと思い、借りてきたのは、上野千鶴子先生の著書。

女ぎらい――ニッポンのミソジニー

まだ途中までしか読んでいませんが、久々にこの手の文章を読んで、大学時代、ジェンダーの勉強をしていたころを思い出しました。

女として生まれて、「これからの女は、男の人と同じように勉強して、世の中の役に立つ仕事をしなさい」という母の教えを守って、育ってきた私。でも、どう考えても、出産しながら男の人と同じようには働けない気がする、と思うようになるにつれて、自分が女に生まれた意味、そして女とは、男の人から見た女とは、について考えるようになりました。

実際に出産して、仕事しながら育児するようになってからは、はっきり言ってそういうことについて深く考えている暇はないし、ある程度まわりに合わせて適当にやっていかないと、いちいちこだわりすぎてまわりが全部敵のようになってしまっては、自分が困ってしまうのもあって、敢えて考えなくなっていましたが…

やっぱり、ジェンダーについてはもっと勉強したいし、将来的に、結婚して出産して(しかも複数回の出産。出産ってゼロか1かで語られることが多いですが、1か2かもものすごく違うと思います)わりと無理がある状況で働いていたことがあるからこそわかったこと、感じたことなどを発信したいと思いました。

経験はないけれど、読んだり聞いたり見たりして得た知識から想像して論じることにも、意味があると思います。だけど、実際の経験から語られることには、同じかそれ以上の重みがあることもまた事実ではないでしょうか。

いつか、女に生まれたことを感謝できるような人生にしていけるように、いろいろな側面からの経験、勉強を大切にしたいです。